岩熊哲夫
2009年10月吉日
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先日ネットをぼぉーっと見ていたら,科学論文には起承転結は不適切というページ1を見つけた。 ま,そこに書かれていることは当然のことであった。 その他にも,起承転結の可否の議論がたくさんあるようだ。 ただ,「転」の意味を元々の漢詩のそれではなく緩めることを前提とした場合, しかし「別の角度から検討する」ことや 単なる「話の展開」という意味ではなく, 「起承」までの結論を「否定するように見える展開2」 という意味と捉えて使った場合, そのややスリリングな文章が理解を深めることもあるのではないかとも考えられる。 論文は論理的であることが最も重要だが,読者にインパクトも与えずに, 結果をすべて知っている立場からの,一方向に向かって これでもかこれでもかという論文が「読み易い」「理解し易い」かという点には 疑問を感じている。 特に教育の手段として研究をして論文を書かせている大学においては, 審査会でのプレゼンテーションや就職後の営業業務などで必要な資料作成のことを 念頭に置くと,一流の研究者が世界トップの論文集に投稿する(学生さんと 一緒に研究した成果をまとめたものももちろん含むが)論文とは若干 違う性質を,卒論や修論は持っていてもいいようにも思えるのだが,どうだろう。 もちろん,研究室内の意見もすべて「起承転結の転は科学論文には不適切」 ではあったが,以下の例のようなことには賛同を得た。
ときどき査読の依頼があるが,もちろん,そのテーマに精通しているとは 限らない論文も回ってくる。ある程度の許容範囲で最大限 引き受けないといけないのだが,自分の研究テーマから遠い論文の場合, どうしても読み易さが論文の価値を左右してしまうことは避けられない。 もちろん小説と同じとまでは決して言うつもりはないが, 「読み物」として論文に接する機会も多いのである。 初めてその分野の勉強をする学生さんにとっても,最初は論文には 「読み物」としてしか接することができないのではないだろうか。
例えば,ある要因が与える影響・効果を説明する場面を 想定しよう。表1に示したように, 要因Aの基本は効果があり,その改訂では さらに高い効果を示すのと同様, 要因Bも基本と改訂で要因Aと同じような効果を及ぼすものとしよう。 この要因Bがこの研究の目玉で斬新な提案だとしよう。 ただし要因Bに対し,その基本部分に若干の違いのあるBの場合は, 基本は他と同様の効果があるのに対し,改訂ではその効果が逆にほとんど無くなる ものとしよう。 そして,この順番に研究も実施されてきたもの(指導教員には先見の明があって, とても緻密に予め設計された羨ましい研究3だ)とする。 これを説明するのに,ABBの順に淡々と
要因A基本は○・・・,それはこういう理由から。 そこで要因Aを△の考え方で改訂してみると,よく知られているように, その結果はさらに○・・・だった。それはそういう理由から。
これに対し,要因Aと▽の部分が若干異なる要因B基本の 場合にも○・・・,それはあぁいう理由から。 しかもこの要因Bも,要因Aと同じような改訂をした場合には さらに効果があり○・・・,それは▽が・・どういう理由から。
そこで要因Bの◎の部分を若干抑えた要因B'の効果を検討してみると, 基本は○・・・であるものの, それを△の考え方で改訂した場合はほとんど効果が無く×・・・になる。 つまり,▽と◎のこういった非線形関係から,そういった理由が成り立つからだ。 総合すると,あぁいうことが成立する。と表現したときと,実際の研究の順番とはBとBを入れ替えて, かつ表の順番もABBにした上で
要因A基本は○・・・,それはこういう理由から。 そこで要因Aを△の考え方で改訂してみると,よく知られているように, その結果はさらに○・・・だった。それはそういう理由から。
これに対し,要因Aと▽◎の部分が若干異なる 要因B'基本の場合にも○・・・, それはどういう理由から。 しかしこの要因B'の場合,△の考え方で改訂してしまうと, これまでの定説とは異なりほとんど効果が無く×・・・。 このことから,▽と◎のあぁいった非線形関係が結果に 影響を及ぼしているのではないかと推測できる。
そこで要因B'の◎の部分を若干増幅させた要因Bの効果を検討してみると, 基本はもちろん○・・・で,改訂は 要因Aと同様の高い効果が得られ○・・・。 このことから,▽と◎のこういった関係から, そういった理由が成り立つからだと結論付けられる。 総合すると,あぁいうことが成立する。にしたときと,どっちが読み易いだろう。 個人差はあるとは思うが,原因や理由を印象深く説得するには 後者の方が読み手にはよさそうには感じないだろうか。 ただし,論文概要の論理は一直線であるべきで簡潔に
要因Bは,これまで検討されてきた要因Aと同様の効果が確認でき, 特に▽の有無の影響が少ないことが確認できたが, △の考え方で改訂する場合には非線形的な影響が現れ, ◎の増幅が効果をさらに高めるという新しい知見を,実験的に得た。のようにすべきであろう。
またプレゼンテーションの場合には, この例のような弱い「転」は聴衆の理解を高める効果があり得ると思う。 聴衆も「あれっ? どうしてだろう?」と引き込まれるかもしれない。 特に土木系の卒論や修論の発表会の場合は, 土木学会の7部門のどこかを主専門とする教員や学生が, その部門を越えて集まり審査員や聴衆になることが多いから, わかり易い発表という観点からは「文学的にスリリングな」順番の 説明が説得力を強める可能性もある。 ただ最終的な専門部門に投稿する論文の場合, 遊びのような「転」は避けるべきであろうが, 読み易さという観点からの弱い「転」の利用は, ある程度は許容できるのではないだろうか。 よく「他力本願」という言葉を本来の意味4ではなく 間違って使う人が多い。 というよりも,そっちの方が多くて,今や元の意味を知っている人は ほとんどいない5のではないか。 それと同様,あちこちの論文の書き方の コメントにある「起承転結」も,そもそもの漢詩の定義とは かけ離れた意味で用いられているようにも推測されるのだが, ちょっと擁護し過ぎかな。