力学教育研究に関する小委員会
土木学会構造工学委員会下に設置,1992.7 発足 -- 1994.7 解散
本小委員会は 1992 年 7 月に発足して以来約 2 年間にわたり, 比較的若手の大学教官のみを委員として自由に意見交換を行なってきた. この委員会を設立した背景として,近年,土木分野のカリキュラムが 社会的要請に伴い変化し,例えば計画や経済的予測,構造物に 関しては景観,建設事業全体のマネージメント等に関する分野の 必要性が増大し,大学学部 4 年間のカリキュラムに占めるこのような言わば ソフト系科目の割合がかなり大きくなってきていることが まず挙げられる. また学生にも入学前に既に数学・物理離れ現象が蔓延し, ハード的な力学に関する勉強や研究への関心が薄れている. このような状況下での前述のカリキュラムの変貌が,学生を ますます力学から離しているのが現実となってきている.
多くの大学で行なわれている力学教育に昔ほどの魅力が 無くなってきているこのような状況で,果たして今後とも このような構造力学教育が必要なのか,何故魅力的では ないのか,ということを検討することが必要となっている. 実務レベルではブラックボックス化した汎用パッケージに よる設計や照査が当り前となっている現在においても,まだ 力学教育が必要であるとすれば,その内容はいかなるもので あらねばならず,またどのような方法で教育されるのが 最適であるのか,といったことも同時に検討しなければならない.
一方で,老朽橋梁対策や,逆に超長大橋梁架設の可能性検討に 見られるように,力学教育には単に問題が解ける能力だけを 伸ばす役割があるわけではなく,今は不可能なもの,今まで 考えもされなかった形態等の提案・開発が急務となりつつ あるのも事実である. すなわち,まず第一の問題点である,「力学教育が必要か」 との問に対しては『今まで以上に必要である』というのが 答であることは否めないであろう.
昨今大学の改組・改革が盛んになっている. これを力学教育という点から見ると,この時代が 力学に求めているものも昔と大きく変わってきていると 再認識することを求められていると考えられないだろうか. 土木学会全国大会の共通セッションにも見られるように, 旧来の分野を越えた研究が必然的に盛んになってきているが, 同様の現象が従来の学科間についても生じてきている. この改組・改革は,そのようなものを再構成・統合・結合する 方向で動いているように見えるのは一部の大学だけでは ないようだ.このような事態も力学教育の将来を検討する 上で考慮すべき点ではあろう.
したがってこの委員会では次のような点について検討を 試みることにした.
具体的に何を教えるかの以前に,まず力学に興味を持ってもらわなければ 何もならない. 高校のカリキュラムが今年度から大幅に変更された.力学に関連する 物理に関して言えば,数字や式の無い感覚的な物理のような科目が 新しく設けられ,理科離れを食い止めようとしている. もちろん大学に入学して欲しい人間は,定量的把握や 数式によるモデル構築と予測に最終的には興味を持ってもらいたいわけ ではあるが,その導入部としてのカリキュラムが改善されようと していると言われている.
現在多くの大学では「構造力学」は普通の黒板を用いた講義の形態 で行なわれていると想像される.一部に計算機を用いた CAI 的教育を 試みている所もあるが,まだ数少ない. 実際に構造物が壊れる映像,景観と力学,地域住民が構造物に期待する こと,などを実際に示すことが,力学への興味および力学の理解を 助けると考えられないことはない. 社会的ニーズを示すことは,真面目な学生にはアピールになるようだ. つまり,多くの写真やビデオ・スライドの利用,現場の現状を 特別講義として聴く,などの方法を用いて更なる工夫が必要で あろうが,まず単位取得が最大関心事である学生を引き付けられるか 否かは疑問が残る.
「見せること」「実験で触れること」が刺激になることは言うを待たないが, 学生がもし受動的であり続けている間は,単に「美しいヴィジュアルな 資料を多く配布する」だけの「現実の提示」は正しく機能しない. つまり講義室でいかにして学生に情報を与えればよいか,という点に ついてはもっと学生気質を考慮して工夫する必要がありそうだ.
力学の本質が,物体に力が作用したときに生ずる現象を数学的に記述する,すなわち 物理問題を数理問題に置き換えるところにあるのだとすれば,「感覚的教育」 によりこの本質を学生に理解させることには限界がある.やはり数学を 適切に用いることが不可欠なのである.もちろん,このことは 盲目的に数式を駆使する,あるいは強要する講義を弁護するものでは決してない.
数式を使えるようになるためによく演習という形態を用いることが なされてきた.しかし「学ぶ」ことが「記憶する」ことではないことは, 研究討論会でも指摘されたことである.「自分の言葉で咀嚼し直して 理解し再利用できる」ことが求められているわけであり,単なる反復・記憶 といった形態以外の方法が必要となる.設計製図という科目も現場での 作業のシミュレーション的要素はあるにせよ,構造力学・工学の 理解の助になっているとは限らないのが現実であろう.
苦行のような演習や製図の代わりに実験はどうかとの意見もあった. 実験そのものは簡単なものでよく,それをいかにレポートするかという ことに重点を置けば,力学の復習と同時に現象を理解する目も 養われるのではないだろうか.ただ,教官側にはかなりの負担が 避けられず,レポートの数回の再提出を伴う多大な努力が要求される. またたとえ教官の負担については進んで担うとしても, 学生にそのような負担を課すことがカリキュラム全体のバランスとして 適当か否かの検討は,個々の大学の目標に照らして真剣に検討し直すべき 時機に来ている.前述のように社会の変遷に伴い学習するべき内容が 増えている中で,力学教育に割きうる時間は限られてきているからである.
一口に大学と言っても,旧帝国大学から地方大学・私立大学に至るまで 種々様々な特徴を有しており,その入学者の特質についても千差万別で ある.したがって,大学による教育内容・教育方法に相違がある ので,この委員会でも,あるひとつの結論は得られないのではないか, との意見も度々出てきた. 個々の教材や教育方法および最終的にカバーすべきカリキュラム範囲に ついては確かにそうかも知れないが, 教育の目的や目標はそれほど違わないのではないだろうか. 学生が理解できない講義ほど意味の無いものはない.このあたりの 検討は必要であろう.
さて,昨今の学生側の数学嫌いの影響かもしれないが, 図式解法や本質的ではない 置き換え手法等が構造力学には相変わらず残存している. いわゆる旧来の教養課程で教えている 数学・物理の知識を積極的に用いずに問題を解決する方法を教育している というのが現実である. これは教え方とも密接な関係があるが,例えば高校の最近の 物理カリキュラム変更が参考にならないだろうか. つまり,イントロ部において数式の少ないもので概念を教育し, 同じことを次の学年では数学を積極的に使って教育するというもの である. カリキュラム表から判断して多くの大学で行なわれている構造力学・ 材料力学の講義のような「積み重ね方式」に対峙する「反復法」で 水理学を教えている大学があると聞く. 式が無い方が理解しにくいことも多々あることは 周知の事実であるが,学生はまだそのような事実にすら気がついて いない.その辺りを合理的に教育できれば最高であろう.
一番問題になるのは,覚えやすい方法,教えやすい方法での教育の結果, 間違ったことを学ばせてしまうことである.やはり構造工学も物理 現象をより正確に予測するための学問であるから,間違いの無い 正しいことを積極的に数学を用いて教えるべきであろう.それが 全員に必須であるとは限らないが,最終的な構造力学教育の目標は, 目の前の物理現象をいかに正確に数学的モデルに置き換え,それを いかに正しい方法で解決できるか,ということではなかろうか. 有限要素法そのものの持つ高度な問題は理解できなくとも, 現場で対象としている構造物の要素メッシュ生成を行なう際に 必要な力学的な基礎は,やはり正しい力学教育でしか身に付かない. 例として,研究討論会資料には,棒材の支配方程式の誘導や 仮想仕事式の教え方についてのほんの一例を示してみた. この委員会で「数学」と称しているのはこの程度のことであり, 大学入試の数学と比較してさほど難解なものとも思われない.
委員会活動のなかではカリキュラムに関する議論に多くの時間が割かれた. その全てを記録に残すことが出来ないのが残念ではあるが,その一部は 新しいカリキュラム案として紹介した.これは 研究討論会の資料として,各委員の意見をそのまま列挙したものである. 本来,理想的なカリキュラムは一つではなく,教育環境と教える側のフィロソフィ の調和によって熟成されるべきものであろう.教育は個性があってはじめて 息づくものであり,委員会を通して統一化するようなものでないことは 当然である.列挙された各委員の意見より,委員会での熱のこもった議論が 想像頂ければ幸いである.
最後に,各委員の考える理想的な問題を収集した. 例えば講義の最終試験に出す問題は,その講義で何を教えたのか, 何を理解して欲しいのかを表している.いわば,講義の最終目標の提示でもある. ここに集められた問題は,その趣旨は様々であるが,各委員の 教育に対する考え方を表している. それぞれ,きちんとした目的意識を持った問題であり, 極力その出題の意図を明示していただいた. 委員に問題を提出していただくまでの時間的余裕がなく, 必ずしも最適な問題に練り上げられてはいないかもしれないが, モデル化における観点,境界条件が有する特性を理解する観点, 力学を感覚的ではなく正確に理解する観点,実感している 概念と数式との関係を理解する観点等からの問題が収集できたと 考えている. もちろん個々の問題そのものの難易度はかなりばらついているが, 表面的な難易度ではなく,問題の目的の方をご理解願いたい. 例をふたつだけ第2.5節に載せた.
全国の土木系学科・専攻は,その分野における構造工学技術者だけを 輩出するのが責務であるわけでないのは当然であろう. ただ,工学の中でも最も広範な,言ってみれば総合技術とも言うべき 土木工学技術者が,構造力学に関して必要最小限知っておくべき ことは何かということを検討し,その内容をカリキュラムに 反映させなければならない. その試みとして,本委員会では,研究討論会の資料に含まれている ような『一学期で教える構造力学』について,各委員の意見を 集めた. 結果的には大学間の相違が如実に現われたため, その内容はお互いに非常に異なっている. しかし重要なのは,現在,この程度の内容が理解できれば, 今まで必修に近い形で,かつ演習付きで多くの時間を 割いていた構造力学という講義も, そのエッセンスを教えるためには一学期分で十分であるということである.
ただ,その例を眺めて大雑把な分類を試みると,二種類あるのではない だろうか.ひとつは, 現在初年度に提供されている講義内容がそのまま,あるいはその項目の 大半を含んだ形でその『一学期で教える構造力学』 に書かれているものである. それに対し,従来型とは少し違った観点の カリキュラム案に含まれていると思われる内容は,結局, 構造力学で構造のいかなる問題を構造解析法のどの方法を用いて 解くかという機能の前に, 『ひとつの代表的な自然科学の方法論として,現象をいかにモデル化し,その 現象の予測のためにいかに定式化し,どの程度の現象把握が可能となる のか』を紹介する講義案であろう. よく「力学のからくり」ということが必要だと言われるが, それとも若干違った見方に立つ構造力学教育案である. 現象の支配的メカニズムを抽出・モデル化することにより物理問題を数理問題に 置き換え,その数理問題を解析することにより現象の予測を行い,その結果を 用いて設計等の工学的問題の解決にあたるという,美しい 自然科学の流れを学生に教授する 上で,構造力学は最適の題材である.この流れの学習と,それを通して行われる 数理的素養の修得,論理的思考の訓練は,工学の一般教育としての大きな柱に なりうるものである.それは構造工学に限らず,広く工学の様々な局面で問題 解決の助けとなるであろう. 下にそれぞれの代表的なものをふたつだけ示しておく.
この問題に対する諸説明等の中には, 棒軸線の曲率に比例した曲げモーメントが発生する 理由について明確ではなかったり,なぜ直ひずみが曲率に 比例した三角形分布になるのか等について正確でないまま, 「弾性曲線の方程式」を誘導しているものがある.これに対し, 次のようなアプローチはどうだろう.
現象
棒材の変形
モデル化
数理問題
境界値問題
解析
解
, ,
応用
工学的問題の解決
設計
棒材等の構造部材に力が作用したときの力学現象, すなわち,変形・断面力の発生を 予測・再現することが構造力学の目標である. 現象を支配しているメカニズムをモデル化反映することにより, 物理的問題が数理問題に置き換えられる. その数理問題を解くことによって, 現象の予測・再現が行なわれる. その結果を利用することにより,例えば設計や安全性の 照査といった工学的問題の解決が果たされる. そのフローを示したのが上図である. このような工学的問題を解決するための自然科学の一般的な方法に おいて,モデル化の果たす役割は大きい.
棒材の変形という現象において, 支配的なメカニズムは何なのであろうか? 現象を予測・再現するためには, どのような数理問題を解けばよいのだろうか?
棒材の変形を支配しているのは材料の軸方向への伸び縮みである.
このメカニズムを反映して,上図に 示したように,以下の運動場の仮定を設ける.
変位場の仮定を設け,低い次元の支配方程式を導くことが,構造力学の 本質である.
以下では実際に上記の運動場の仮定により,棒材の任意の点における変位, ひずみ,応力が軸線上の変位によって表されることを示す.その応力を 断面上で積分すれば断面力と軸線上での変位との関係が得られ, その関係式を断面力が満足すべき支配方程式であるつり合い方程式に 代入すれば,軸線上の変位で表して支配方程式が導かれる. [以下,省略する]
報告書には各委員から寄せられた問題を全部で 19 題掲載してある. 中には実際に大学院の入試などで用いた問題もあり,委員会では その成績の分布等も簡単に紹介などがあった.非常に基礎的なもの から,通常当り前のように用いているものなのに,その理由を 理解していないために解けないもの,さらには一件接触問題のような 極めて難しそうな問題まで寄せられた.
ここでは紙面の都合上,弱形式に関連したふたつの例を載せる. 一つ目は一旦就職した卒業生が,休暇中に大学を訪れた際に質問した 問題で,その卒業生が企業で研修中に質問され,答えられ なかったものである.二つ目はある大学の大学院入試問題に手を加えた ものである.どちらもおそらく,一般的な構造力学の定期試験では 用いられないような,基礎事項に分類されると考えられるが, 実務でもよく用いられている手法の本質を問うたものでもある.
1. モーメント図が求まった場合,ある特定の点のたわみを求める方法に 「単位荷重法」がある. このときのアクセサリー問題には必ずしも元の問題を選ぶ必要がなく, 制約条件さえ満足すれば簡単な静定系を用いればよいため, よく解説されているような「仮想仕事の原理」としての「単位荷重法」 より本来パワフルな方法であることを理解させる.
上図のような不静定梁の曲げモーメント分布 が求まって いる.任意点のたわみは微分方程式を解けば求まるが, ここでは左から a 離れた点 A のたわみを単位荷重法で
により求めたい.下図の系のうち, に使えない 系をすべて選び,その理由を示せ.
2. 構造力学の講義で境界値問題の弱形式の説明をし, 弱形式を力学では歴史的に仮想仕事の原理と呼ぶこと, 弱形式から単位荷重の定理が導かれることなどを教えている. この問題は,これらのことが理解できるかを試している.
上図 (a) の等分布荷重を受ける片持ち梁(等断面)の右端における 鉛直方向変位 は次式で与えられる.
ここで, は図 (a) の梁における曲げモーメントの分布を 表し, は図 (b) の梁における 曲げモーメントの分布を表すものとする.
(A) 図 (b) の梁の変位を とする. が 満たすべき支配方程式と境界条件を書け.
(B) が 上の問題 1. の境界値問題の解である とき,, を満足する任意の関数 に 対して,次式が成り立つことを示せ.
任意の関数 を仮想変位とすれば, 式 (2) は図 (b) の問題に対する仮想仕事の式となっている. また, を図 (a) の梁のたわみとすれば, 式 (2) は図 (a) の問題に対する補仮想仕事の式を表している.
(C) 式 (1) を導け.
2 年間の委員会活動において検討したことを雑多に並べてみた. あいにく,当初目的はほとんど何も達成できていないとの反省がこの 報告書の要点になりそうだが, 研究討論会では非常に多くの意見交換ができたことから, 教育が大切であることは論を待たない.優秀な学生を土木に引き寄せ,土木を 好きになってもらって社会に送り出す. 不静定ラーメンは解けなくとも,力学の本質に迫る感覚を身に付けた 土木技術者を社会に送り出す. このようなことが大学に課せられた大切な使命のひとつである. 学生の目が輝いているかどうかが教育の一つのバロメータであり,情報の 氾濫した現代社会において学生の興味を大学に引き付けておくためには 絶え間ない努力と工夫が必要である.
教育が大切なテーマであるにも 関わらず,学会活動の中ではなおざりにされがちである.研究的委員会に 比べてインセンティブが無いからであろうか. 全体的に土木教育をカバー する委員会があり十二分にその役割を果たしておられる一方で,そうした 全体的な検討と並行して,個々の分野において何をどう教えるべきか という具体的な検討も大切である.日々どう教育するべきかに苦悩する 教官に手を差し伸べ,一緒に問題に対処すること,これは土木学会の 重要な使命であり,その存在意義をさらに高める活動となろう.この 委員会の意義はそうした主張の提示にもあった. 幸い,新しく発足した応用力学委員会の許に,力学教育の小委員会が 設置され,当委員会でできなかったことを引き継いでいただく予定である.
検討できなかったもののうち,重要な課題を列挙すれば,現場側からの 意見の反映,教室での教え方であろうか.また,元々この小委員会の 委員会名称にあったもので何も検討がなされなかった「研究」について, 教育という面から見た力学に関する研究の在り方というものも今後 考察し続けていかなければならないと思われる.このことは,単に 力学に興味を持ってもらう学生を増やすためだけではなく,後継者を 育て,さらに必要とされる構造工学を現在の正常な状態に保つためにも 必要であろう.
研究討論会では企業の方からのご意見を頂くことができたが,この委員会の 立場は,大学側の論理で教育を考え,大学側から官庁・企業にまず球を投げて みるというものであった.官庁・企業から委員に加わって頂いてはという意見も あったが,まず大学としての考えを集約することが先決と判断した.この球を 大学以外の立場から新設の小委員会で近いうちに是非投げ返して頂きたい. 大学の教育に期待するものは何なのであろうか? この報告書に盛り込まれている新しい考え方には賛同していただけるのであろうか? あるいは大学教育には大した期待を抱いていないのであろうか?是非 いろんな変化球を投げ返して頂きたい.
委員会で議論する中で,「入社試験に出るからこれを教えない訳にはいかない」 というような意見が出た.このような形で大学教育の足を引っ張ることもある ことを改めて多くの人にご理解いただきたい. 「・・・の定理を用いて解け.」といった様な問題はいかがであろうか.その 「・・・の定理」が過去の遺物となっていることも多い. 入社試験や国家公務員試験で資格能力を試される際に, 何が学生が知っているべき 事柄で,学生をどのような能力で判断するべきなのか.大学と官庁・企業との 緊密な情報交換が必要である.
大学での期末試験でも,演習で反復練習した問題の応用くらいなら 比較的容易に得点できるが,本当は,始めて見る問題を限られた試験 時間中に解くのに必要な基礎的な情報,例えば「重ね合わせの原理」等の ような項目を教え,かつそれを確認できるような問題を出すべきであろう. 過去の問題集を勉強する際,応々に陥る対策は単に解法を覚えることである. 覚えた解法で解けるような問題のどこに力学の本質があるのか,教える側, あるいは出題する側は考え直す必要があろう.
教える内容に関する議論に時間を取られ,教え方にまで議論を発展させることが 出来なかった.学生の理解や興味は,内容だけでなく教え方にも大きく依存している. 教官の熱意が最も重要であることは間違いなかろうが,板書を写すことに追われる ばかりの講義では,今の学生はついていけないかも知れない.情報機材をうまく 組み合わせることにより,より効果的な教育が可能となることが期待される. 現在既に実用化されている World Wide Web の Mosaic による利用に象徴される インターネットを介した情報伝達手段は,従来の教育の方法を覆す 可能性を秘めている.教材の蓄積と共用が容易となり,教官の負担を軽減することも 可能と思われる.情報基盤は今後の社会基盤の中心的存在となることが予想される. いろいろな講義でそのような手段を利用することにより,高度情報化社会に適用できる 人材を育成することも重要であると考えられる.
個々の教官がそれぞれ教育の問題に対して孤独な努力を重ねているのが現状である. どうしてもっと助け合うことが出来ないのであろうか?委員会の議論では,大学教官 に,教え方について研修する機会が全くないことも一つの問題点であるという指摘が あった.この委員会を通して,各委員の教育に関する考え方,教育に対する姿勢を 互いに知り合っただけでなく,それぞれの教え方の工夫を披露頂いたことも大きな 収穫であった.このような機会を拡げ,多くの教官との交流の場が持てれば,大学 が抱える制度的弱点を補うことができるのではあるまいか.
この委員会で収集した「問題集」および「一学期で済ませる構造力学 カリキュラム」,また各大学の「カリキュラム例」については 別途報告書としてまとめ,土木学会本部に保管してあるが, 残念ながら全国の大学に配布できる程の部数は既になくなってしまった.
最後に,この委員会では新しい試みとして, 一部の委員の間で mailing list と呼ばれる電子的な媒体を通した議論および 資料交換と回覧とを行った. 今後の学会における研究委員会の 在り方についても何等かの提案ができたのではないかと思っている. 参考までに委員構成を列挙しておく.
井浦雅司(東京電機大),石川信隆(防衛大校),大谷恭弘(神戸大), 杉山俊幸(山梨大),高橋和雄(長崎大),竹内則雄(明星大), 田村 武(京大),西村直志(京大),長谷川 明(八戸工大), 藤井文夫(岐阜大),堀 宗朗(東大),堀井秀之(東大: 幹事), 水野英二(名大),森 猛(法政大),山口栄輝(九工大), 岩熊哲夫(東北大: 委員長)