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どうやって興味を持ってもらうか

具体的に何を教えるかの以前に,まず力学に興味を持ってもらわなければ 何もならない. 高校のカリキュラムが今年度から大幅に変更された.力学に関連する 物理に関して言えば,数字や式の無い感覚的な物理のような科目が 新しく設けられ,理科離れを食い止めようとしている. もちろん大学に入学して欲しい人間は,定量的把握や 数式によるモデル構築と予測に最終的に興味を持ってもらいたいわけ ではあるが,その導入部としてのカリキュラムが改善されようと していると言われている.

現在多くの大学では「構造力学」は普通の黒板を用いた講義の形態 で行なわれていると想像される.一部に計算機を用いた CAI 的教育を 試みている所もあるが,まだ数少ない. 実際に構造物が壊れる映像,景観と力学,地域住民が構造物に期待する こと,などを実際に示すことが,力学への興味および力学の理解を 助けると考えられないことはない. 社会的ニーズを示すことは,真面目な学生にはアッピールになるようだ. つまり,多くの写真やビデオ・スライドの利用,現場の現状を 特別講義として聴く,などの方法を用いて更なる工夫が必要で あろうが,まず単位取得が最大関心事である学生を引き付けられるか 否かは疑問が残る.

「見せること」「実験で触れること」が刺激になることは言うを待たないが, 学生がもし受動的であり続けている間は,単に「美しいヴィジュアルな 資料を多く配布する」だけの「現実の提示」は正しく機能しない. つまり講義室でいかにして学生に情報を与えればよいか,という点に ついてはもっと学生気質を考慮して工夫する必要がありそうだ.

力学の本質が,物体に力が作用したときに生ずる現象を数学的に記述する,すなわち 物理問題を数理問題に置き換えるところにあるのだとすれば,「感覚的教育」 によりこの本質を学生に理解させることには限界がある.やはり数学を 適切に用いることが不可欠なのである.もちろん,このことは 盲目的に数式を駆使する,あるいは強要する講義を弁護するものでは決してない.

数式を使えるようになるためによく演習という形態を用いることが なされてきた.しかし「学ぶ」ことが「記憶する」ことではないことは, 研究討論会でも指摘されたことである.「自分の言葉で咀嚼し直して 理解し再利用できる」ことが求められているわけであり,単なる反復・記憶 といった形態以外の方法が必要となる.設計製図も現場での作業のシミュ レーション的要素はあっても,構造力学・工学の理解の助になっているとは 限らないのが現実であろう.

苦行のような演習や製図の代わりに実験はどうかとの意見もあった. 実験そのものは簡単なものでよく,それをいかにレポートするかという ことに重点を置けば,力学の復習と同時に現象を理解する目も 養われるのではないだろうか.ただ,教官側にはかなりの負担が 避けられず,レポートの数回の再提出を伴う多大な努力が要求される. またたとえ教官の負担については進んで担うとしても, 学生にそのような負担を課すことがカリキュラム全体のバランスとして 適当か否かの検討は,個々の大学の目標に照らして真剣に検討し直すべき 時機に来ている.前述のように社会の変遷に伴い学習するべき内容が 増えている中で,力学教育に割きうる時間は限られてきているからである.

一口に大学と言っても,旧帝国大学から地方大学・私立大学に至るまで 種々様々な特徴を有しており,その入学者の特質についても千差万別で ある.したがって,大学による教育内容・教育方法に相違がある ので,この委員会でも,あるひとつの結論は得られないのではないか, との意見も度々出てきた. 個々の教材や教育方法および最終的にカバーすべきカリキュラム範囲に ついては確かにそうかも知れないが, 教育の目的や目標はそれほど違わないのではないだろうか. 学生が理解できない講義ほど意味の無いものはない.このあたりの 検討は必要であろう.



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Tetsuo Iwakuma
Sat May 2 11:16:35 JST 1998; Stardate [-30]1090.4