構造工学委員会
力学教育研究に関する小委員会
1993 年 9 月 土木学会全国大会
また非線形数値解析との関連で構造力学教育の在り方を, アンケートをもとに調査・研究した成果も,構造工学委員会の 東京工業大学の吉田教授を委員長とする非線形 解析小委員会による委員会報告として,土木学会論文集第 410 号に 報告されました.
また,もっと一般的な土木教育に関する特集も 1991 年の土木 学会誌第 76 巻 3 月号で取り上げられ,多くの意見が集約されています.
ここではその後の,情報科学の重視や大学院重点化等の大学改組の波の 中で,多分ひとつの検討対象となるであろう力学教育の在り方について 意見交換してみたいと考えています.
社会の安定や構造の変化に伴って人々の生活に対する姿勢が少し前に 比べて大きく変化してきている昨今,社会基盤施設に対する人々の 要求も変わりつつあるようです.例えば,豊かさや住みやすさと いった形而上学的概念を構造物や施設・環境に要求するようになって おり,構造デザイン (学会誌でも 1992 年 77 巻 3 月号に特集が 組まれたことがあります) や景観設計に対する関心が高まってきて います.社会の変化に一番敏感な学生さん達の嗜好も,ソフト分野の 方へ傾いているように見えます.
このような状況の中で,大学は種々の目標を持って改組を行なって きましたが,組織や授業科目等の改組とは裏腹に,実際の講義内容に ついての,特に基礎的な力学に関しての改革はあまり行なわれていない ように思われます.また出版される構造力学の教科書類の内容についても, 数学の道具を必ずしもうまく使えていない事も有って,十分な近代化が 行われていない状況にあります.
現在教えられている構造力学は、手計算に頼って構造設計を行っていた時代に は有用であった種々の手法を網羅する形は取っていますが,これは計算機の発 達に伴って一般解法の利用が可能になった今日、はたして十分近代化されたも のと言えるでしょうか。講義においても一般論を平易かつ自己完結的に展開す る為に必要な数学を使わず、かつての図式解法を取り上げたり、説明・証明 (らしきもの) は連続体で抽象的に済ませ,具体的な問題の解法は梁で示すと いった首尾一貫しない教育が行われてはいないでしょうか.また,公務員試験 等を意識して,本質ではない解法に時間をかけすぎてはいないでしょうか.
あるいは逆に応用数学の例題として流体力学や構造力学を教えることの 方が,ことの本質を理解する上で有効でしょうか.
つまり,基礎学問としての,例えば構造力学教育は, このままでよいでしょうか? これが疑問です.この研究討論会の 動機でもあります.標題にもありますように,「力学」という観点から 見れば,流体力学をも同じ土俵で講義する必要があると長年言われ 続けていますが,果たしてそういった改善はなされているでしょうか.
ひとつ,机上のシミュレーションとして,ある典型的と考えられる 大学カリキュラムをほんの少しだけ改訂してみることを考えてみました.
改訂のベクトルとしては,現状の構造・材料力学基礎を減らす方向です. 巻末 表--1に, いくつかの大学での実際の講義内容例を示しておきましたが, 構造・材料関連ではない教官による,構造・材料系講義内容への平均的な 印象は,「盛り沢山」,「消化不良」といったところです. 授業科目数を減ずることによって,内容の精選が行なわれることを 前提にしたシミュレーションが 表--2です.この表を参考に, いくつかの問題提起だけを行なってみたいと思います.
例えば,建築学科が併設されているか建築と同居しているような場合, その組織の特徴を生かして,いわゆる「意匠」のようなものの教育を 取り入れていく必要はないでしょうか. この場合,土木構造物は公共空間内の比較的大きな施設 ですから,景観もこの「意匠」に含めています.もともと建築では, いわゆる土木の「景観」のような広い空間でのデザインはあまり重視 されていなかったかもしれず,そういった点を教育することに よって,お互いの分野での将来に夢が出るのではないでしょうか.
「構造力学」,それは連続体力学の近似理論ですが,今,多くの大学で 行なわれている構造力学教育は,「問題を解く」ことに重点が置かれ 過ぎていないでしょうか.多くの大学で演習付きの必修といった設定が 見受けられます.「なぜその方法で解けるのか」といったことは 講義では紹介されますが,それを叩きこむことはあまりされていない ような印象です.あるいは,証明や説明は非常に抽象的な連続体を 用いたもので,どうして梁でも同じことが成立するのか,等が丁寧に 扱われていないような印象があります. ですから,問題に対面した途端に,不静定力を与えてモーメント図を 計算,その面積計算を始めてしまう,といった傾向は無いでしょうか. 梁や板を主部材とする橋梁でも,最終的な細部構造に ついては連続体的な「拡りのある空間の力学」のセンスが問われる部分 なはずなんですが.
このように,解法としての構造力学演習の重点化によって,同じ「力学」で ある水理学等との関連や,土質工学と構造力学との差異といった点についての 概念は,学生さんの頭の中ではあまり明確にされていないのではないで しょうか. 例えば,連続体力学や振動・波動といった科目を,流体をも含んだ形で 教育することによるメリットというのは,お互いの分野でたくさん あり得るのではないでしょうか.
ですから, Castigliano の定理や単位荷重法の積分を朝から晩まで 解いては一点のたわみを求め,疲労困憊して倒れる,単位が取れない, といった演習で,頭は まさに硬化していくのではないでしょうか. あるいは,そういった定理や方法がいい加減な説明や抽象論で 教えられているのではないでしょうか. 大学院の学生が,ある 種の新しい力学問題の基礎式定式化において,微分方程式を誘導できない ことがある,あるいは微分方程式そのものを知らない,あるいは微分 方程式の解法を知らないという事態は果たして正常でしょうか.
では, 極端な言い方をすれば, 構造力学は応用数学として教えればいいのでしょうか. 影響線や Impulse 応答より自己随伴系の Green 関数,それで 相反定理も明確になります. 単位荷重法と関数解析における内積と超関数.有限要素法の 基礎としての Galerkin 法.その変分法的解釈による Euler 方程式 と近似解法.剛性方程式の部分方程式としての3連モーメントの定理や たわみ角法. すべて論理的で明解になるのかもしれません. これについては第 頁のような 面白い意見もあります.
いかがでしょう.学部前半での数学・物理等の講義にスムーズに つながる講義が期待できそうではないですか. しかも,『構造力学は構造屋さんだけの学問ではない』ことがよく 理解できるのではないでしょうか.いわゆる「科学する」方法論の 最も分かりやすい例が「構造力学」という学問なのですが,それが 社会基盤整備に身を捧げるすべての学生さんに受け入れられ易い 方法ではないでしょうか.
いや,本当にそうでしょうか?
内容のこと以外に,もうひとつ大きな問題があります. それは,どうやって学生さんの目をお堅い学問「力学」に引き付けるかと いうことです. 一体,どうしたら学生さんの目を引き付けることが できるのでしょう.基礎的な学問としての力学を,構造関係者以外にも 重要なものだとして教育しなければならないとしたら,どのような形態・ 方法が適しているのでしょう.
それは構造物の構築によって可能となるサービスを,広く一般社会に 提供すること,およびその下地を創造することです.
その社会基盤施設の実現に当たっては,もちろんソフト的な仕事無し では考えられませんが,同じ比重で不可欠でかつ重要な仕事はハードの 創造です.この部分を抜きにして,計画段階からの総合評価は不可能です.
ともいうべき,すべての技術者が身に付けておかねばならない知識とは 何でしょう.どんな分野の仕事をするにしても,「構造力学」,「水理 学」,「土質力学」の基礎は最低条件ではないでしょうか.たとえソフトを 担当している人でも「おれは力学なんて知らねえよ」と豪語しないで下さい. 仕事が来なくなりますよ.本当は,「力学はもう飽きた」という人にこそ ソフトをして欲しいものです.
では,例えば構造力学でモールの定理がバリバリ使えればそれで十分で しょうか.不静定ばりのたわみを短時間で計算できるという特技は, いまの世の中でそれほど評価されません.むしろ,それを解くために 何をすればいいかを理解しておくことの方がはるかに有用です.つまり, 力学の大筋を知っておけば,あとは計算機なり友達なりにさせれば いいのです.ただし,結果について評価するセンスは必要です. 圧縮応力が出るべきところに引っ張り応力があるとか,対称性がある 問題の答に対称性がないとか,文句だけは一人前に言える自信を持ちましょう. 土質力学や水理学では実験データに裏打ちされた理論が構築されて いることと対比して,もともと簡単な仮定のうえに成り立つ「構造力学」は 理論体系が最も明快な力学のひとつです.力学の基礎やセンスを身に 付ける訓練には一番ふさわしい科目ではないでしょうか.
積分の仕方ですか.せん断力の分布ですか.もちろん,それは「構造 力学」の各論的な部分です.しかし,「構造力学」にはもうひとつの面が あると思われます.そうです,それは『力学の構造』を学ぶにふさわしい 科目ということです.
ですから,構造物を設計するためだけの学問ではなく,「力学」一般の 理解,さらには「力学以外」の広範な分野の学習・研究の基礎となり得ると 考えます.土木工学の分野で構造力学は,「自然科学」の基礎としての 常識を身に付ける場であるかもしれません.
これまでは,ある成果を具体化する「工学」の目的に則し,職業教育と しての技術の伝承が必要とされてきました.したがって,従来の教育 方針には解法技術の修得に大きなウェイトが置かれており,現在,多く 大学でのカリキュラムにも見られるような演習付きの教育が盛んでした. 果たして,これからもそうすべきでしょうか.社内の実務において 設計部の作業は,ややもすると汎用プログラムのためのデータ作成が メインで,直接,解法技術は必要ありません.それより,どういった 有限要素がふさわしいかという点を「力学的センス」で判断していく ことが重要視されています.こういった点に,今の教育は対処して いるでしょうか.
よく「解法」よりも「からくり」が重要と言われます.力学の基礎と して,解法の背後に潜む理屈がまず重要ではないでしょうか.複雑な 構造計算の前に,何故その解法が成立するのか,そのための仮定は 何であり,これまで工学でその解法が支持され続けてきた技術的な 判断基準は何だったのか.そういったことが重要視されつつあるのでは ないでしょうか.
構造力学で「つりあい式をたてる」ことが基礎中の基礎であることは 間違いありません.しかし,これは構造力学の半分 (以下) にすぎません. つりあい式だけで力学諸量が求めらる静定構造でも,変形諸量を知る ためには「幾何学」を用いなければなりません.実は,この構造物の 変形の幾何学があまりに軽視されています.たしかに,つりあいの概念は 質点力学と共通であり,長年,親しんできた実績があります.ところが, 変形の幾何学にはどうも苦手意識を持ちます.そこらを曖昧にしながら 逃避する手段として天下り式の「エネルギー原理」が信仰されたり, 「共役ばり一本勝負」が横行するのではないでしょうか.
学生さんは,学部前半の 2 年の間に微分積分学や線形代数学の基礎を 学びます.それが消化不良になっていることも事実ですが,土木の 専門の講義をする教官の方でも,図式解法とまでは行かなくても, 数学をなるだけ使わない方法を駆使 (?) しながら教えている場合が あります.それが高じると,せん断応力の対称性をモールの応力円を 用いて説明する学生さんも出てきます. 1, 2 年で習う数学の有効性や 有用性を構造力学の例を通して示してやる工夫こそ必要ではない でしょうか.そうでないなら,何のために数学を履修させるのでしょう. 単なるイヤガラセとして,砂を噛ませているとしか思えません.数学は 力学を理解する道具であり,また,知的訓練の教材であるかも 知れませんが,一方では「手抜き」や「サボリ」の味方だと教えることも われわれの使命だと考えます.
数学というと難解な高等数学を想像しがちです.これには理学部出身の 数学教師の責任が問われるところです.しかし,高校までの数学だけで 構造力学を講義することは反対です.実際にそれは可能かもしれませんが, 一般論から遠くなります.例題として極めて簡単な構造を用いることには 賛成ですが,そこから力学の一般的ルールを引き出すことが重要です. そのためには簡単な微分積分学や線形代数学が望まれます. これらは「力学を語る言語」として必要です.易しく教えることは レベルを下げることではありません.筋を通して説明することだと 思います.
もともと Civil Engineering であった工学が,対象物で分類され,それに 伴って産業界も分類され続け,今日にような機械・材料・土木等の分化が 進んできたのは周知の事実でしょう.しかし,このように細分化してきた 学問も,近年,材料を開発する機械工学,生物を対象とする材料科学, 宇宙構造を対象とする化学工学といったような,現時点の分類で言えば 学際的な分野が作り出されてき始めました.このような新しい科学技術の 発展の時代に,従来のままの教育体系で土木工学分野はどのような 進展があるのでしょうか.
とくに力学教育では個別的各論重視 (?) の方法はもはや混乱を招く だけです.構造力学,水理学,土質力学の各論だけでなく,それらに 跨るような力学全体を見渡せる一般論としての力学教育体系が,今後の 科学技術の発展に必要となってきます.また,ソフト中心の分野の 理解にも重要となるのではないでしょうか.
ここでは「力学教育」という限定された枠内で議論していますが,もっと 大切なことは土木工学全体の近代化を図る努力だと思います.土木技術の 過去の伝統には誇りを持ちながらも,新しいより良い伝統を育てる芽は 大事にしたいものです.
理想的な教育とは,学生個人のレベルに合った教育方法が 一番良いのでしょうが, それでは先生の数が足りず,多くの学生の平均又はそれより若干上もしくは下 のレベルにあわせた講義を進めるのが一般的かと思います.そうしますと,大 学間でのレベルの差が出てきて,教え方も変わって当然でしょう.私立大学の 一部に見られるように,入学試験で物理を選択しない学生や,一般教養として 学ぶ数学・物理がそれほど高度ではなく,試験を終わってしまえば何を学んだ かを忘れてしまうような学生に対して,高度な数学・物理の知識を前提とした 教え方は非常に危険なように思えます.不静定構造物で,不静定力がすぐ選べ るのはましで,釣合式だけで反力をだしてしまう不思議な学生はいませんか?
一方で,演習において数十分で与えられた問題を全て解いてしまうような能力 のある学生には,現在の易し過ぎる講義は退屈で,もっと高度な数学を援用し た講義の方が魅力がある筈です.もう少し学生の能力に沿った講義をすべきな のかもしれません.
つまり,教える方が汗をかいていないということですか?
1993年度の地方公務員試験のテストで,指定された方法で問題を解けという出 題がなされました.この方法とは本委員会で教える必要が全くないといわれた ものです.しかし,多くの教科書にのっており,又多くの大学で教えている方 法かと思います.この様に,現実として公務員テストでこのような問題が出題 されると,教える側としても今後何年間は,本委員会で無意味と指定された方 法を説明せざるをえません.
また,数分間で問題を解かねばならないような試験においては,代表的な問題 の解を暗記することが多いようです.このようなことは決して奨励されること ではありませんが,合格するためには必要なことなのです.現在の教育が全て 就職試験用とは言いませんが,ここの範囲は某社の就職試験に出たから教えて おかねばという理由で教える場合もあります.その時,その方法や考え方が重 要な場合もありますがそうでない場合もあります.やはり,大学と社会との会 話はもっと密接に行うべきだと痛感します.
何をもって近代化かと言うのは難しいが,少なくとも図解法などは今後不必要 という結論に異論はないと思います.しかし,高度な数学を採用した力学が, 近代化された力学となると,やや異論も出てくるかと思います.力学とは (力 の釣合 ()) という立場を取れば,むしろ難しい数学を使わずに, 簡単に説明した方が,非力学系の人々にはとっつき易いのではないでしょうか. グリーン関数云々と言った途端に拒否反応を示す学生が出てくるような気がし ます.
確かに,学際的な分野がどんどん作り出されており,そこに土木技術者も参加 している現在,従来の教育体系で良いのかと問われると返答に困ります.しか し,依然として土木本来の仕事が多くあるわけで,それに従事するための基礎 知識を身につけてほしいという教育が現在のものであり,それ以外のいわゆる 先端分野については各自が勉強して下さいというのが現状のような気がします.
我々は (本委員会のメンバー) ,これらの科目を別々に習い,現在でも別々に 教えています.大学院にいくと,連続体の力学等において,質量保存則や運動 方程式などが,これらの力学の基礎になっていることを知ります.これでいけ ないでしょうか?学部においては,構造系における力とは何か,流体系におけ る力とは何か,土質系における力とは何か等の他にその分野特有なものを教え るだけで時間は一杯のような気がします.力学共通の基礎が重要なことはいう までもありませんが,それぞれの分野について別々に学び,次に,実はそれら の底を流れているのは共通な考え方なのだということを学ぶという順序で如何 でしょうか.これまでも,1次元理論 2次元 理論 3次元理論 という順序よりも,その逆の 方がスッキリしていて良いという意見があるように,まだまだ議論の余地はあ るようです.ただ,構造力学の中で,折りにふれて,他の力学との関係に触れ ることは重要なことと思います.
大学を卒業して社会に出た時,例えば,連続梁のモーメント分布が書けないと, 「お前の大学では何を教えていたのか」等と言われそうなので,手を動かし実 際にたくさんの 問題を解かせているのかもしれません.しかし,実際に手を動かすことに よって,力の流れがわかってくるのではないでしょうか.ここで,「力学のから くり」を教えることの重要性を否定するつもりは全然ありません. 例えば, Castigliano の定理を誘導できることも重要ですが, それを使って正しい答を 出すことも重要であるということです.さらに「力学的センス」を身につけるた めには,やはり多くの問題を手を動かして解くのが早道のような気がします. 又,多くの大学で構造実験が縮小する傾向にあるようですが,実際に歪ゲージ を貼り,変形を観察することは重要なような気がします.いや,それは時間の 無駄だと言われる方には,是非「力学的センス」を身につけるための教育方法 を公開して頂き,それを実践していきたいと思います.
他の領域を眺めつつ,「自然科学」の基礎としての常識を教え,さらに社会に出 た時,「お前の大学ではこんなことも教えないのか」と言われずにすむ程度の構 造系特有のことを教え,さらにこれに時短化が要求され,我々はどの様にした らよいのでしょうか.また,教育ばかりでなく,研究成果を出せなどと言われ, さらに新たな委員会のメンバーに指名され益々時間もなくなり,どうしたらい いのでしょうか・・・という愚痴は聞こえてきませんか.まだまだ努力が足ら んという声も外から時々耳にします.
教える立場から言えば,いろいろな公式を覚えるよりは,力の流れ方がわかり, さらに学ぶことの楽しさや科学する方法を身につけてくれれば最高です.その ための教育方法を探しています.我々は,教育を決しておろそかにしているつ もりはありません.
そこで,当小委員会メンバーの数名で,1学期分だけ構造力学教育を すべての土木の学生 (非力学分野にのみ興味を持っている人もすべて) へ 聞かせたいとすると,どういう内容にするか, ということについて案を出し合ってみたのが 表--3です. 結果的には十人十色ですが,それぞれに何等かの主張が見え隠れします.
この問題に対する諸説明等の中には, 棒軸線の曲率に比例した曲げモーメントが発生する 理由について明確ではなかったり,なぜ直ひずみが曲率に 比例した三角形分布になるのか等について正確でないまま, 「弾性曲線の方程式」を誘導しているものがあります.これに対し, 次のようなアプローチ (堀井先生のメモを岩熊が勝手に改竄したもの) は どうでしょう.
現象
棒材の変形
モデル化
数理問題
境界値問題
解析
解
, ,
応用
工学的問題の解決
設計
棒材等の構造部材に力が作用したときの力学現象, すなわち,変形・断面力の発生を 予測・再現することが構造力学の目標である. 現象を支配しているメカニズムをモデル化反映することにより, 物理的問題が数理問題に置き換えられる. その数理問題を解くことによって, 現象の予測・再現が行なわれる. その結果を利用することにより,例えば設計や安全性の 照査といった工学的問題の解決が果たされる. このような工学的問題を解決するための自然科学の一般的な方法に おいて,モデル化の果たす役割は大きい.
写真 に示すような棒材の変形という現象において, 支配的なメカニズムは何なのであろうか? 現象を予測・再現するためには, どのような数理問題を解けばよいのだろうか?
棒材の変形を支配しているのは材料の軸方向への伸び縮みである.
このメカニズムを反映して,以下の運動場の仮定を設ける.
これらの仮定に基づけば, 3 次元の物体の変形という 3 次元 問題が, 1 次元の問題,すなわち,曲げの問題に関してはたわみ に 関する 4 階の常微分方程式と境界条件とからなる境界値問題に, 軸力の問題に関しては軸方向変位 に関する 2 階の常微分方程式と 境界条件とからなる境界値問題に帰着される.
変位場の仮定を設け低い次元の支配方程式を導くことが,構造力学の 本質である.
以下では実際に上記の運動場の仮定により,棒材の任意の点における変位, ひずみ,応力が軸線上の変位によって表されることを示す.その応力を 断面上で積分すれば断面力と軸線上での変位との関係が得られ, その関係式を断面力が満足すべき支配方程式であるつり合い方程式に 代入すれば,軸線上の変位で表して支配方程式が導かれる.
以下省略
これについても多くの教え方があるようですが,中には, 原理そのものを連続体の抽象論,あるいは影響係数だけを用いた「代数梁」で 概説した上で,エネルギー表現を梁やトラスのそれを代入する ことにより例題を解いているようなものもありそうです.特に エネルギーや仕事の形式にすると,スカラー量であるために 計算は簡単に見えますが,力学としての理解が果たしてどこまで 達成されているか,非常に問題になる代表的な問題が,仮想仕事の 原理ではないでしょうか.正しく,しかし簡単な数学で説明すべき ではないでしょうか.
直線梁の場合は, Gauss の発散定理で比較的簡単に示すことができます から,ここではトラスの仮想仕事の原理について,西村先生のメモを 再度岩熊が改竄したものを次に示します.
まず,トラスの全節点に番号を打ち,「節点 i」のように小文字の アルファベットで示します.また,全部材には大文字のアルファベットで 「部材 I」のように名前を付けます.
ここで,次のようなベクトルを定義します.
を節点 i に作用する外力 (反力,荷重など) の合力と し, を部材 I の部材力とします.このとき,
である (, ) の組を釣合い系と呼びます.
を節点 i の変位, を部材Iの伸びとし,
となる (, ) の組を適合系と言うことにします.
あるトラスの任意の釣合い系 (, ) と, 任意の適合系 (, ) について
が成り立つというのが「仮想仕事の原理」になります.
(証明)
ですから,
となり,証明終わりです.
このアプローチはかなり数理に近いものとして構造力学を捉えています. そういった,モデル化以後の扱いとしての力学教育を考えたとき, 従来のカリキュラム内容等とこの境界値問題的取り扱いとを 比較して,極端な意見にまとめてもらったのが次の文章です. この文章は,堀先生に書いていただいたオリジナルのメモを岩熊が勝手に 改竄したものです.
議論を明確にするため,四捨五入した極論を試みます.
物理的な意味はさており,梁や柱に関する構造力学は,上のアプローチ にあるように,数学的には常微分方程式境界値問題に過ぎません. では, 3 連モーメント法やモールの定理といった構造力学の手法は どういった位置付けのものだと考えられるでしょうか?
極論すれば,数理的アプローチとこのような構造力学の手法の関係は, 代数に対する鶴亀算や植木算に対応していないでしょうか? 勿論, 鶴亀算や植木算も,問題によっては非常に巧妙な方法で,数学的 本質も含まれているでしょう.しかし,やはり,鶴亀算や植木算は代数 方程式の特殊な解き方に過ぎず,本質的にそれ以上でもそれ以下でもない のではないでしょうか.
鶴亀算や植木算も非常に力を入れて教育された時代もあったのでしょう. しかし, 2 次方程式や 3 次方程式,さらには,三角関数等の高級な 問題をより若い時から学ばなければならない現代では, 1 次方程式の 特殊な解法に時間は割けなくなっているようです.
同じことが構造力学にも当てはまらないでしょうか?
近年,鶴亀算が教育されなくなった理由は,いろいろあるのでしょう が, 1 次方程式より高級な問題に取り組む必要があることが主要な ものでしょう.では,土木技術者が構造力学より高級な問題に取り組む 必要があるのでしょうか? 連続体力学へ進む,自然科学のアプローチの 方法を学ぶ,土木で対象とする物理問題の領域を広げる,などいろいろ 答えがあるようです.あるいは,常微分方程式境界値問題から偏微分方程 への移行と言い換えてもいいかもしれません.
最後に付け加えますが,このように数学に重点を置くような話になると 決まって,「構造物の力学挙動を観るセンス」ということが 取沙汰されます. 一方,鶴亀算にも鶴亀センス,植木算にも植木センスというべきものが あって,数学的本質らしきもののようにも匂います.しかし, 1 次方程式 がしっかり解ければ,それで十分だと考えるのが現実的では ないでしょうか.
少し極論過ぎましたが,鶴亀算の比喩を用い,『構造力学の 次の問題』に焦点を当て,そういった側面からの考え方を示して みました.
科目名は,材料力学 I,材料力学 II,構造力学 I,構造力学 II, 構造工学設計・演習
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構造力学の中での線形弾性体力学の基礎概念の紹介
特徴
最後に,この小委員会の設置目的を簡単に次に紹介しておきます.
高度成長期の終焉,社会構造の変化に伴って土木技術者の役割も変わりつつ あり,土木教育全体に変革が必要になってきている.例えば,教育現場では, 計画・景観などのいわゆるソフト系の講義の充実が課題となっており,それ に伴った力学などのハード系の講義内容及びその体系の見直しが必要になっ てきている.また,産業界での人手不足,特に土木分野ではハード系技術者 の不足が問題となっている.今後,国際競争力を保っていくためには,数は 少なくとも,高度でオールラウンドな能力を持った技術者を育成することが 急務となっており,社会人再教育が大学の今後の課題の一つとなると思われ る.この他にも国際化の要請や大学院重点化の流れもあり,学部教育と大学 院教育とを合わせた総合的な高等教育カリキュラムの検討が求められている.
一方,高度成長期における研究成果の蓄積・産業構造の変化・企業の研究体 制の充実に伴って,大学に期待される研究分野・内容が変化しており,今後 の力学関連の研究分野を模索している大学研究者が多い.これに加え,米国 からの,「基礎研究の不足・Center of Excellenceの欠如」などといった指 摘をも考慮し,現実的に大学での後継者の育成を顧みると,新しい研究テー マの模索・大学での研究形態の変更・教育内容の変革がさらに必要となって きていると考えられる.
以上のような状況のもとで,土木工学における力学分野において,今までと は異なる新しい教育思想・研究思想が必要となる.
上記の背景を踏まえて,大学の果たすべき役割,大学で何を教えるべきか, 大学で何を研究すべきか,等を力学関連の教育・研究を対象として議論し, 提言を行う.
主な活動目標は,背景にも記したような状況のもとで大学では力学教育をど のような形態・内容で行なうべきかを議論し,現状の問題点と課題を整理し た上,新しい教育理念とカリキュラムの提案を行なうことがひとつである. さらに,今の実務に役立つ知識だけではなく,将来の土木を担う若者を育て るためには,どのような指導をする必要があり,またそのためにはどのよう な研究を大学で行うべきかを議論し,ひとつの方針を打ち立てる.教育・研 究のあるべき姿は1つではなく,いろいろな考え方が並立しうるはずである. 活動の方針としては,考えを1つにまとめるのではなく,ありうる考え方を 数多く引出し,土木学会会員の間に活発な議論を誘起する事を目指す.
このような活動で委員間の考えが収束した暁には,例えば教科書シリーズの 目次の提案かあるいは具体的な執筆作業の開始の可能性は高い.また,大学 での力学教育・研究のあるべき姿などについては,全国大会時の研究討論会 の開催や学会誌への提言の投稿としてとりまとめていく積もりである.
井浦 (東京電機大),石川 (防衛大校),大谷 (神戸大),杉山 (山梨大), 高橋 (長崎大),竹内 (明星大),田村 (京大),西村 (京大), 長谷川 (八戸工大),藤井 (岐阜大),堀 (東大),堀井 (東大 : 幹事), 水野 (名大),森 (法政大),山口 (東大),岩熊 (東北大 : 小委員長)
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