開催報告
Panel Discussion on New Methods in the Education of Applied Mechanics
飛田 善雄(東北学院大学) Yoshio TOBITA, Tohoku-Gakuin University, 1-13-1 Chuo Tagajyo, Miyagi
連絡先 FAX:022-386-7070 E-mail: tobita@tjcc.tohoku-gakuin.ac.jp
There have been a lot of fundamental problems in the higher education system in Japan as are briefly summarized in this paper. In particular, the education system of science and technology has received much attention in recent years. The panel discussion on the problems in the education of applied mechanics, being a interdepartmental problem among the science and technology, was planned in the steering committee. In the panel discussion restricting the discussion to the new methods in the applied mechanics education, five excellent panelists will talk about their trials and experiences which are briefly introduced in this paper.
日本の大学教育の不十分さは、かねてより指摘されてきたことであるが、それが 真剣に検討され・認識されたのは、18才人口が数年後に激減する時期であった ように思われる.大学特に私立大学の経営危機が問題となり、徒にPRに走るの ではなく、教育を充実させ学生に付加価値を与えて卒業させることが、生き残り 戦略の最も基本とすべきことが指摘された(例えば、文献1).最近では、大学 教育の重要性と同時に不十分性がマスコミでも取り上げられ、多くの人がその基 本的欠陥に気づき始めている(文献2).さらに、工業立国であるはずの日本で、 理工系離れが進み、大きな社会問題として取り上げられている(例えば、文献 3).創造性を伸ばす教育を目指すという当初の目標が達成される前に、基本的 な知識の欠如、高校までの教育と大学教育に大きなギャップをもたらしている現 実が報告されている.大学院での貧困な教育・研究環境は、指摘されて久しいが、 大学院をもつ大学の数だけは増えても、研究環境と教育内容は、なかなか改良さ れない現実もある.このように大きな問題を抱えている理工学教育であるが、こ の現状を改善するためには、多くの要因について分析を公平に進めることが不可 欠であり、そう簡単には最善の方法を導きだすことはできない.以下では、教育 に携わる者としての立場に限定し、理工学教育の問題点を指摘したい.
著者の専門は力学であり、教育問題の専門家ではない.理工学全般に亘って公平 に問題点を指摘することは、著者には難しいことである.また、直接的な対象は 大学(特に私大)教育と限定したい.このような限定された条件での(著者の偏 見に満ちた)問題点の指摘であるが、多くの学科あるいは工専などでも共通の問 題点は見いだすことができ、共感を覚えていただけるのではなかろうか.
以上、理工学教育における問題点を列挙したが、これらの問題点全てを対象にし て議論を始めたら、何らの有効な議論にならないうちに終了の時間が来てしまう ことは明らかである.また、教育問題というものほど、その意見が多岐・多様な ものはない.使われる用語も一定の意味を持つわけではなく、徒に時間を浪費す る議論に陥りかねない.そこで今回は、「応用力学教育に対する新しい教育法」 というテ−マに限定してパネルデイスカッションを計画した.上記の問題点から みると、今回は(4), (5), (6)に関連した教育問題のうち、前向きな部分のみを議 論することになる.ある意味では、個々の教員の努力によっては、ここまででき ますよ−というデモンストレ−ションとも考えることができる.もちろん、講師 の先生方は受けをねらって、新しい教育方法に取り組んだわけではない(単に、 受けを狙うという姑息な考え方では、全く耐えきれないほどの努力があって始め て、成功するというしろものである)、できる限り応用力学あるいは自分の担当 する科目が学生にとって魅力あるものであり、学習意欲をかき立てようという目 的で開発・改良に取り組んだ成果の公表である.以下に、講演の概要を簡単に紹 介する.
講演5編のうち2編は、その可能性が全ての分野で注目されている、マルチメデ イアあるいはインタ−ネットの教育への利用である.できる限り平易にかつ実例 を示してもらうことで理解しやすくなるように工夫していただいた.これらのメ デイアによる教育方法の発展は、現在の教育体系そのもの(例えばT大を頂点と する大学の階級制度(?!)など)をも変えうるだけのポテンシャルをもってい るように感じられる.今後どのように(発展するのは間違いないことであるが、 その方向と規模はいまだ分からないのが現状であろうか)発達するのか、誰にと っても興味深い話である.日米の比較、初等教育における取組なども含めた基礎 的なお話しを静岡大学の辻知章先生にお願いし、具体的な例を横浜国大の角 洋 一先生に、必要機器を先生ご自身の持ち込みで、お願いしている.
2編は、数値計算力学という共通キ−ワ−ドを持っている.東京大学大学院の酒 井信介先生には、インタ−ネットを利用した数値計算教育に関連したアンケ−ト についてお話しいただく.横浜国大の白鳥正樹先生には、古典力学と数値計算力 学、その比較検討を長年の経験に基づいてお話しいただく、また実験の重要性に ついても言及していただく.数値解析の代表的研究者の一人である先生が、ある 意味では全く反対の位置にある(と考えられがちであるが、もちろんお互いに補 完的関係となっている)実験の重要性をどのようにお話しになるのか興味深い.
前にも述べたように、学生が実験・実習を通して直観力を養うという機会は少な くなってきている.もちろん、このことが決して望ましい方向でないとこは、だ れしも感じていることであるが、実際には、実験実習等に十分な準備と時間を掛 けられなくなってきている.「実感を伴わない工学教育」の弊害は著しい.この ために、様々な形でこの欠点を補うべく、工夫がなされている.その一つの例を 山梨大学の中村光先生にお話しいただく.学生のコンクリ−トによるボ−ト製作 の競技会の開催である.最近の学生の顕著な傾向の一つとして、企画立案そして 実行が極めて不得手になってきていることが上げられる.このような企画を行う 際にも、先生がたの指導が細部に亘ってなされないと、成功にこぎ付けるのはか なり難しいものとなる.いきおい、教員の負担は大きくなってくる.学生の評価、 先生の苦労話も交えて講演していただく.
上記に記載した内容で、5人のパネリストより発表があり、個々に質問・意見を 受けた後、全体討議になった.狭い会場に30人程の聴衆があり、また講演者の 細部に亘って準備された講演スタイルと内容は特筆すべきものがあった.システ ムに関する質問の他に、力学の基本的概念を計算力学では養えないなどの意見も 飛び出し、活発な討議となった.教育に関する問題は、多くの人が意見・疑問を もちながらも、問題が多岐にわたるために、会としての成功が難しいのであるが、 今回はテ−マを絞り込んだこともあって、有意義な会合となったように思われる.
先日、知り合いの米国の先生の奥様にお願いして、「生きた英会話」ということ で学生と話をしてもらった.彼女が最も印象に残ったのは「1つの講義に、どの 程度予習・復習をしているか」という彼女の質問に対しての学生の答え「平均す ると、15分」 ``Oh, my God'' というのが彼女の正直な感想であった.おそらくご く一部の大学を除けば平均的な学生の実態であろうと思われる.日本の大学の機 能は、「入学試験における選抜機能だけで、何を教えるかは大学には期待してい ない」と言われ続けてきた.社会が大学教育に付加価値を期待しないのであれば、 大学人の教育に対する努力は、多分に正当な評価を受けられなかった.しかし、 状況は大きく変わり、受験生が大学を選抜しうる時代になってきている.大学に とっては、教育をしっかりとやり、学生に付加価値を与えて卒業させることが必 須な要件となってきている.既に、受験産業では、偏差値のみならず、教育内容 とスタッフのレベルも大学の評価規準となるように、受験生への情報提供を始め ている.制度の不備、教育環境の貧困さ、社会システムのモビリテイの欠如など、 大学教育を取り巻く環境は極めて複雑であり、教員の努力のみで解決できること はおそらく多くはないであろう.しかし、教育というものは、最前線で教えてい る教員が教育に対する意欲を失えば、どのような良い制度があっても、お金があ っても、実を結ばないのも事実である.このパネルデイスカッションがよりよき 応用力学教育の出発点になり、多くの教育機関で新たな試みがなされるようにな り、さらに突っ込んだ議論を行う機会をもつことができるようになればと期待し ている.